kiroku

冬真っただ中

「NHKの受信料払ってください」と来たおじさんと私

 

新居に引っ越してからNHKの手続きをしていなかった。

いや、前の家から滞納していた不届きものである。

幸か不幸か、数日のテレワーク期間に駐車場に置かれた車を見て訪ねてきたのだろう。

インターフォンを切った後の私の心境は「最悪」だった。

ドアを開けると「NHKの契約まだされていませんよね?」と眼鏡をかけたおじさん。

雪道を歩いてきたのか、鼻先は赤く長靴についた雪が寒々しい。

「ええ・・・そうですね・・・」歯切れの悪い応答。

詐欺ではないことは間違いなかったが、テレビをほとんど見ない私は正直渋っていた。

「あの、でも普段テレビ見ないんですよ」

NHKの放送を受信することのできるテレビを設置した方は結ばなければいけない契約になっていますので」

ズバッと切られる。反論する余地もなく「そうですね」の言葉をのむ。

しかし、いきなり来て契約書突き付けられて、いい気分になるわけがない。

渋々サインに応じる。

「支払いは口座ですか?クレジットですか?単身赴任とか学生じゃないですよね?」

まくしたてられるように質問され、「あ、判子もいいですか」「BSも映りますか」と家の中と玄関を行き来している間にすっかり体が冷えてしまった。

あーーー最悪だ・・・どうして今日テレワークだったかな・・・。

クレジットカードの登録もカードリーダーの接続がうまくいかず、寒さともたもたしている様子にだんだんイライラしていた。

すべての手続きが終わって、さあ家に入れると思っていたら、

おじさんがすっと消毒液と、除菌シートを取り出した。

「あの・・・これ使ってください」

一瞬目を疑った。たかだか5分そこらの会話で、しかも相手はマスクをつけて、むしろ部屋から出てきて何も付けてない私の方がダメなんじゃないかと思った。

「いえ、別にいいですよ」

一刻も早く部屋に戻りたい気持ちと、それを使うと相手を疑っているような気がして嫌だった。そう笑顔で断ってもおじさんは頑なに、笑顔とも困っているともいえない、なんとも表現しがたい薄気味悪い表情で強く差し出した。

「ボールペンとか多くの方が触ってますし・・・ね、使ってください」

私は両手を差し出してまず消毒液をかけてもらう。「次にシートでね・・・」

ああ、この人はきっと会社の言いつけを守っているんだな。もしかしたら、訪問先できついこと言われてるんじゃないかな。

「お渡しした控えは手続きがすべて終了するまで確実に保管してください」

 

除菌された自分の指を見て、世界が変わってしまったことを実感する。

元通りに誰かと普通に会話したり、「よかったらこれ・・・」なんて物をあげるのも、

人によっては嬉しくないんだろうな。

部屋に戻った瞬間、涙があふれる。何が「普段テレビは見ません」だ。

いま一番はまっている朝ドラの制作元だぞ。出来もしない抵抗など辞めればよかった。

営業マンは大変だ。きっとこんなことの連続だ。いやそうな顔をされて、こんな時世になったからますます煙たがれて。

 

おじさんの帰り際に言った「寒い中、ご苦労様でした」の一言が

恥ずかしい自分の言動の償いと、おじさんへの最大限のねぎらいだった。