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kiroku

冬の陽の短さ

近所の公民館

 

この日は天気が悪くて、でもぎりぎり雨は降っていなくて、湿気と、その匂いだけがあたりに充満していた。「空間みんなの風景」の製本は公民館の長机で作業された。

作業していて、どこか懐かしい感じがするなって思った。でもこの懐かしさはあまり喜ばしい懐かしさではなく、むしろだんだんお腹がいたくなるような、そんな感じだった。

周りにはテスト前なのかまじめに勉強している学生がたくさんいた。わたしの大学の近くの公民館は勉強するスペースが広くある。他の公民館がどんなかはわからないけど。

 

お腹がいたくなった原因は、子ども独特の匂いと学校の匂いから昔を思い出したからだった。わたしは図工の時間のことを思い出していた。静かにみんなで絵を描く作業をしなくてはいけない時間。別に静かなのが嫌いなのではなくて、学校という圧と匂いがそこから感じられたからだった。とても窮屈だったし、つまらなかった。

小・中学校は割と学校が嫌いだったという思い出しかない。人も嫌いだったし、勉強も嫌いだった。授業は真面目に聞いていたけど、昔はそうすることが良いと思ってたからしていた。今のような性格になったのは自己防衛本能がこの時期に格段上がったからで、生きよう生きようと試行錯誤していたわたしは、逆に自分を守らなければ死んでしまいそうなぎりぎりなところにいたんだなって思うと、たまに昔の自分に「おまえはおまえのままで大丈夫だよ」とか声かけてあげたくなる。

「長く生きてるといいこともあるよ。」って、知り合いから聞いた言葉が好きだなーって思って、事実、悲しいことはあっても、今のところ生きてきてよかったと思えることはたくさんあった。芸大に入ってよかったって思ったことは、自分と同じような人たちの集まりだったことで。大人になったら同じ考えの人に出会えるかもしれないし、自分を支えてくれる本も見つかるかもしれないし、昔は何も思わなかったけど、生きるってそういう一瞬に出会うためなのか、とか今は思ったりする。