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kiroku

冬の陽の短さ

灯台へ



灯台へ


第一部「窓」

p.38~
遠くの砂丘を眺めやりながら、ウィリアム・バンクスは昔のラムジーのことを思い出していた。 ……  一群れのひよこをかばうように羽根を広げた雌鶏の姿がラムジーの目にはいったからで、彼はそれをスティッキで指しながら「いいねーーいいね」と言ったのだ。その他愛ない言葉は、ラムジーの中の素朴さや、小さな存在への思いやりを、奇妙なほどはっきり照らし出す力を持っていた。と同時にバンクスにとって、二人の友情は、あの田舎道のあの場所で終わりを告げたように思われた。ラムジーが結婚したのは、その後まもなくのことだった。それからあれやこれやがあって、互いの友情は何か気が抜けたような味気ないものに変わってしまった。どちらが悪いわけでもなく、いつの間にか二人の付き合いの中で   ……  しかし今こうして遠い砂丘と沈黙の対話を続けていると、バンクスには、自らのラムジーに対する愛情にはいささかの翳りもなく、たとえば百年もの間泥炭(ビート)層に守られて、唇の赤さを残したまま地中に眠る若者の遺骸にも似て、彼の友を思う気持ちは、鋭くみずみずしいまま入江の向こうの砂山の陰に静かに横たわっているようにも感じられた。        バンクスは、この気持ちをリリーにわかってもらいたかった。 ……  二人の関係がどんなものだったか、わかってほしいんです。本当に長いつき合いですが、ウェストモアランドの田舎道で、ひよこの前に羽根を広げた母鶏を見かけて以来、妙に気持ちがそぐわなくなりました。その後ラムジーは結婚し、それぞれ別の道を歩むようになって、会っても新鮮さはなくなったんですが、それはどちらかの所為という問題ではないはずです。


「どちらの所為でもない」というところがグッときて、その時起きてしまった出来事と時間が二人を自然と裂いてしまうことの人生の中での多さよ、、と自分の人生の中でも感じる。でも彼の愛は無かったことにはならないのを彼自身が感じてるところがいいな。