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kiroku

冬の陽の短さ

映画『ふたり』

おすすめのゆり
 
大林宣彦監督作品、1991年公開の映画『ふたり』のページです。原作は赤川次郎
途中までみんな読めます。
 
わたしが借りたTSUTAYAのDVD、映画の時間がなんと330分と書かれていて、見終わった後にわたしは5時間くらいにもわたる超長い映画観たんだ、とびっくりしていました。実際は155分らしいです。
でも、それだけ長く思うのにも訳があって、この話、何か事件が起きる数が多い!内容も内容で、その事件に一喜一憂していたら気づけばわたしの体力がなくなっていて、長かったと思ってケースを見たら330分。それは疲れると勝手に納得していました…。
この映画はおすすめのゆり内で実加役の石田ひかりの声が可愛いと書きました。お姉ちゃんはいつも実加のそばで見守ってくれています。YouTubeに予告編があったので、是非見てみてください。
 
 
 
以下ネタバレになってしまうかも。
 
 
 
 

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
場面を断片的に覚えていて、わたしが好きなシーンをいくつか挙げるとすると、こんな感じになりました。
 
・ごちゃごちゃの部屋
・実加と真子の自転車登校シーン
・実加と真子の夏
・お姉ちゃんと演劇の練習をするシーン
・お姉ちゃんが実加をいじめた女の子に仕返しする(舞台の上からシーツを落とす)
・神永さんと最後に言葉を交わすシーン
・最後、実加の心の独り言
 
いくつか、ってどこまでがいくつかなんだろう…。
 
ごちゃごちゃの部屋って、そもそもシーンか?と自分でも思いますが、あの部屋何かわからないんですけど好きなんです。わたしの部屋はまだ足の踏み場はあります。それから実加と真子の交友関係がとても好きです。二人が関わっているすべてのシーンがいい!そしてラストシーン。神永さんと実加の会話からは実加が大人に成長した様子がわかると思います。
 

 「船の仕事だからね。世界中色んなところを旅して暮らすことになる。一緒に行ってみないか。」


「「どこか遠くへ行きたい」、そう願っていたのはお姉ちゃんでした。わたしはね、目を閉じると、いつでも、どこへでも、望むところに行けるの。いつでも、誰とでも会うことができるの。だからわたしはここにいます。」

 

「そうか、じゃあ僕は寂しくなるね。」

 

 この実加のセリフはブログに書こうと前から思っていて、それからそもそも自分はこの映画の何がいいのか考えてみたら、おすすめのゆり文化交流の第1回目で書いたセーラームーンと同じなんじゃないか…!と思いました…!

簡単に言うと、1つは友だちを想う。2つ目は愛ある冗談が飛び交う(仲良くないと言い合えない関係)です。

お姉さんの恋人だった神永さんに恋をした実加は、姉はもうこの世にはいないのだから神永さんと結ばれてもいいのに、遠くに行きたいのはお姉ちゃんだ(わたしはここにいると)と言うのです。神永さんがお姉さんの葬式の席を早々帰ろうとしたことはきっとお姉さんをまだ想っていることを表しているのだろうと思いますが、実加はそれを感じたから神永さんの誘いを断ったわけでもないと思うんです。

そもそも神永さんと実加は結ばれるとか、そういう言葉ではくくれない気がしていて、それが神永さん(尾美としのり)の素朴で、朴訥とした声で「じゃあ、僕は寂しくなるね。」と会話が終わるところに感じられる気がしました。(尾美としのりは演技が、濃すぎず離れ過ぎずの、それでもってちょっと遠いようなところがわたしは好きですね…。大林宣彦作品は、尾道三部作の転校生だけがTSUTAYAになくて観れてません…。)

 

そしてそして、ラストの実加のセリフ。

 

…そんなわけでお姉ちゃん。わたしはまたひとりぼっち。お父さんは小樽に戻ったし、お母さんは病院の方が気が楽だって。でもね、わたしはずっとお姉ちゃんと一緒。いままでよりも、もっともっと一緒よ。だってわたし、お姉ちゃんを別な方法で捕まえることにしたんだから。わたしね、お姉ちゃんのことを書くの。元気だった頃のこと、死んでからのこともね。誰も信じないかもしれないけど、そんなの構わない。人に読んでもらうためのものじゃないから。お姉ちゃんのこと、いつまでも忘れないためなんですからね。…これはお姉ちゃんが使っていた万年筆。でもさ…ちょっと文句を言わせていただきますと、書き癖がついちゃってて書きにくいんだよ?これ。

 

「おすすめのゆり」内でも書いた、実加の「お姉ちゃん」と呼ぶその声にお姉ちゃん好きが詰まってる、の最終形態。

何より人に見せるためじゃないというところ。わたしは「人に見せるためにできたものではないもの」が好みで、作り手は勿論多くの人に見てもらわなきゃ困るので見せにかかっているわけではあるのですが、「見せるものは実は目には見える形では現れてないもの(例えば内面)」をわたしは見ている/見てしまった、みたいなのが好きです。

よくわからなくなってしまいました…。

話を戻すと、実加はお姉ちゃんとの思い出を別に誰かに知ってもらいたいわけではなく、それは実加の中にあればいい。

 

それでいい!

 

とわたしも思うということです。

ただの共感だったのかな…

あと、最後にお姉ちゃんへの文句を言うところとか可愛いですね。

 

割と長文を携帯で打ちました。携帯で入力するのは結構疲れます。早く新しいパソコンが欲しいな…

 

 

おわり